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4か月ぶりの小説更新って…
なんじゃそりゃあああっ!?
もっと引き締めていこう。うん! 絶対!

では、読む前の注意事項いきます!!
・男主人公、BW小説です。
・↑は公式名ではありません。「公式名じゃなきゃ嫌っ」という方はご遠慮ください。
・誤字脱字、文章を見て「あっ」と思った方はメールでお知らせくだされば幸いです。
・感想…くださったら大喜びします///
・前回の1stのお話と少し繋がりがある…かも
・ゲームをまだやってないかたは、ちょいネタバレを含みます。
・ぜひ! HPの方にも遊びに来てください!!



以上が注意事項です!
では、ご理解くださった方は下記から 3 をお楽しみください。



======


 黒い表紙の日誌を自分の席で眺める。紺色の筆箱からシャープペンを左手に持ち、チェレンは空きのページを探してペラペラと紙を捲っていた。前の日直はタマキ。1時限目と2時限目までは綺麗な字で書かれていた。自分は間違わない、と自身でもあるのかボールペンで書いている。インク漏れさえしていない。完璧なまでの筆記体。
 だが、それも嘘だったようで3時限目からはミミズのような字に変化していた。テレビを見られないタマキの事、もちろんホラーサスペンスなんて見たことも無いだろう。それでもこの4時限目の数学の時間だけはそのロゴタイトルにそっくりだった。自分で考えたということになる。一体どこからそんなもの想像がついたのか不思議でならない。
 で、案の定、先生のコメント欄にはそんなタマキを叱る文章が見られた。
 
「馬鹿だよ、本当に」
 
 笑いを堪えながら一人そういうと隣のページに自分の日誌を書きはじめる。日付と自分の名前を書いたと同時に静かに教室の扉を開ける音が聞こえてきた。そこには赤い帽子を被ったタマキの姿があった。冷汗なんてかいている彼を見てチェレンは口元を緩める。
 
「また悪い事でもしたんでしょ」
 
 声を掛けられタマキは大きく息を吐きチェレンの間迎えの椅子を引っ張った。
 
「違う違う。オザキ先生の授業抜け出してる時にタケミ先生に見つかりそうになって急いでここきただけ」
 
「結局悪いことしてるよ」
 
注意を受けながらも椅子の腰かけを前にして座る。そこでタマキの目に着いたのは、やはり学級日誌だったようで2日前に自分が書いた場所をチェックしていた。先生のコメント欄は抜きにしてその目線はチェレンへと移る。
 
「歴史、どこまで進んだ?」
 
「ドリフト国とサザン国の戦いは次の授業で終わる。その後はサザン国復興…」
 
 質問を返しながらチェレンは日誌を書き進めていく。チェレンは続ける。
 
「どうしたのさ。あーんなに歴史大好きだったのに」
 
「そんなの知るかよ。ここ数日やたらと眠いだけだ」
 
「ここ数日…タマキが歴史の授業で居眠りするようになったのドリフト国とサザン国の戦いからだったよね」
 
「覚えてない…」
 
 生欠伸を濡らしながら腰かけに手をかけ頭を伏せる。タマキの中では相当興味のない話なんだろう。こんなに異常気象なタマキはやっぱりおかしい。彼が眠ってしまう前にチェレンは話を続ける。
 
「オザキ先生の授業どうだった?」
 
「あ…普通。だけどあの人来てた、アレラ…キ博士?」
 
「え!? アララギ博士!? 各地に出向いてて研究所にはいなかったのに」
 
 驚いた声を上げるチェレンに眠そうなタマキも顔をあげ頷く。眠さより友人の話を優先させるタマキはまだ異常気象でもなんでもないか。タマキは帽子のつばを左に向け、またふあっと欠伸をした。
 
「優しそうな人だったぞ。あれはマジで怒ったら絶対に怖いな」
 
 にししと小さく笑うタマキ。
 
「プラズマ…? の話になったときは随分もめてたけど。子供たちが変に知識持っちゃったみたいで」
 
「プラズマ? プラズマ団のことかい?」
 
「それだったかな…悪い奴らなんだろ?」
 
「うん…カントー地方やジョウト地方のロケット団と似てると思ったけど、それともまた違うみたいなんだ」
 
 言いながら日誌の欄を埋めていくチェレンの左手は止まることがない。タマキも一息つくとじっと窓の外を眺めていた。今日の授業ではじめてポケモンに触れた。毛並みが柔らかくてふわふわしていて、笑って、泣き真似て、悲しそうにして…
 自分があのとき置いて来たチラーミィは無事にアララギ博士の元まで帰れただろうか。思い老けているタマキに気付いたチェレンは一文を書き一旦ペンを止める。
 
「で? プラズマ団の話と…あとはなにか進歩あった?」
 
 聞かれたタマキは2、3度瞬きをすると首を横に振った。悪気はないのだろう真顔で真剣にそうするタマキにチェレンもがっかりすることしか出来なかった。これから先の未来で自分がポケモントレーナーになって、どこかへタマキが結婚や一人暮らしをしたとき…その時、自分のパートナーを連れて遊びになんていけない。
 ポケモンとの共存を保つこの未来でさてはて、タマキの居場所がなくなってしまう可能性だってありうるわけだ。自分の心配をされていることすら気が付かないタマキは笑顔で口を開く。
 
「そういえば思ったんだけどさ。チェレンの夢って確かポケモンのチャンピオン? チャンプだったよな」
 
「そうだなぁ…ポケモンのチャンピオンじゃなくて、ただチャンピオンになるのが夢だよ」
 
 チェレンに指摘された間違いに苦そうな顔をするタマキは会話を続ける。
 
「俺、応援してるからな! なにもわからんけど応援してるから…絶対に叶えてくれ」
 
「ありがとう。急にだったけど…」
 
「おうよ」
 
 軽い返事を返すタマキは普通のタマキ。でも、今までチェレンの追っている夢についてタマキから話をすることはなかった。それらしいことは言ってなかったけど、さっきまでの授業でやはりなにかあったんだろう。
 僕の夢を頑張れと言い、ベルに希望を持って夢を追ってほしいと言い…それで、結局タマキはどうなるんだろう。あまりにも自身に無頓着な彼にチェレンは走らせていたシャープペンを止める。
 
「タマキは…タマキはどうなりたい?」
 
「俺は…」
 
 緩んだ表情から眉間に皺なんて寄せて真剣に考えだす。突然自分のことを聞かれて困っているんだ。それはわかる。唯一分からないのはタマキの追っているもの。彼がこのさきどうしていきたいのかが幼馴染でありながらさっぱりわからないことだ。
 それでも彼はしばらくするとまた表情を緩めながら続けた。
 
「父さんと一緒にホウエン地方のデボンの会社で働く。稼ぎもいいし、母さんももっと楽に出来るしさ。チェレンがチャンピオンになったときの豪華祝い用の資金も溜められるだろ。ベルにだって画材やマイクプレゼント出来るし……アイツさ、絵とか歌すげぇ上手いじゃん?」
 
「そうだね」
 
「なのにベルより目立つ子が立って、その子の方が才能あるみたいになってさ。意地の悪い奴はお偉い方を誉めて下を蔑んで…でも、なんとかその中に入ろうとしたベルはその中でいじめられて」
 
「あれは酷かったよね。でも、ベルのスケッチブックが盗まれて放課後ベルのクラスの子達が囲っていじめてた時があったでしょ? ベルが描いた絵を一枚一枚けなしてビリビリに破ってた時。違うクラスだった僕達がベルを迎えに行った時さ、急にタマキが駆けてってその子達からスケッチブック無理やり奪って『下手な絵を誉めるのはあってるけど、上手い絵を馬鹿にするのは間違ってる』って言うのは凄かったなぁ」
 
 言ったチェレンの昔話にタマキは頬を赤く染めるとギッと歯をむき出す。
 
「なんでそこまで覚えてるんだよ」
 
「僕が『ああ本当にコイツは凄いな』って思った瞬間だったからね」
 
「チェレンも一緒だっただろ。そのあと小さいながらも殴り合いになって、ベルも俺もぼろ負けしてた時に助けてくれた」
 
「だって! 大切な人が痛めつけられてるとこなんて見てられないよ。僕ら幼馴染じゃない」
 
 真剣に言ったのにタマキは目を丸くして、それから大口を開けて笑っていた。そうだなありがとう、なんて言って嬉しかったんだろう。茶化してくる。
 人のためになんでも出来る人なんてそんなにいない。大抵は自分可愛さに何かと理由をつけてその場を逃げ出す。自分の世界を、環境を作るためにそれはあたり前のことなのかもしれない。でも、タマキはそれとまた違うように見える。チェレンは小さな息を漏らして日誌に最後の一文を書く。
 
「でもさ、タマキはそれでいいの? 自分自身はどうなりたいのか、とか理想とかないの?他人のことを考える前に自分の感情を見いださないと、この先うろうろしながら暮らしていくことになるよ」
 
日誌を書き終えたチェレンはそれの表紙を閉じる。目の前に座っていたタマキをそっと見るとさっきと同じように眉間に皺を寄せていた。自分は考え込ませるようなことばかり言ってるけど、煙たがられたってやっぱり心配なんだ。
 一人黙り込むタマキを横にチェレンは日誌片手に教室の扉を開く。
 
「じゃ、僕ちょっとこれ出しに行ってくるね」
 
「先生に見つかったら困るから速めな」
 
「先に帰っててもいいよ?」
 
「いいや待ってる。ベルは公園にいるんだろ? 帰り寄ろうな」
 
最後ににこりとチェレンが微笑みそのまま廊下を駆けていくのを見送る。段々と小さく響いて消えていく足音を耳にしながらタマキは窓越しから空を見上げた。夕焼け空。真っ赤に目を腫らした様な空を見上げて思わず溜め息が出る。
自分がどうなりたいか。自分の理想。そんなの考えたって浮かんでこない。他の人の事はどんな些細な事でも気になってしまうけど、その感覚を自分へ移してみてもどうとも思わなかった。でも、確かに分かるのはチェレンの言っていたとおりこのままだといずれなりたい自分っていうのにも辿り着かないんだろう、ということだ。
ああ、駄目だ。考えても結局わからないままだしこのままだと自分が馬鹿になりそう。時間だけが過ぎていくだけだ。
腰かけていた椅子から離れ自分の机からお気に入りの青い鞄を取り右肩に背負う。
 
「タマキ兄ぃ!」
 
小さな足音と共に教室内に声が響く。さっきの授業に参加していた女の子だ。帰り支度をしていたタマキは、きょとんとした不思議そうな顔をして彼女に尋ねる。
 
「どうした? なんかあったのか?」
 
「チラーミィがいないって! アララギ博士はタマキ兄ぃと一緒なんじゃないかって! でもいないよぉ」
 
女の子は言いながら泣きはじめた。タマキの顔も青ざめていく。まさか、チラーミィは一人でみんなの所まで戻れなかったのか。困惑するタマキを煽るようにまた廊下から足音がバタバタと聞こえてくる。
開いていた教室のドアから顔を出したのは、さっきまで一緒に授業に参加していたアララギ博士だった。アララギ博士は途端にタマキを怒鳴りつけるのではなく、同じように困った様子で口を開く。
 
「タマキ君! チラーミィは一緒じゃないのね」
 
「はい…すいません。みんなの見える場所で別れたから大丈夫だと思ったんだけど」
 
ゆっくり返事を返す。それでも自分が犯してしまった事に心臓は大きく波打っていた。アララギは続ける。
 
「もしかしたらタマキ君の事が気になって…。チラーミィはタマキ君のことを探してるのかもしれないわ」
 
泣き止まない女の子の頭を撫でながらタマキはぎゅっと下唇を噛み締めていた。
授業中、チラーミィは俺の服の襟を整えてくれた。仲間だからする行動。本当だったんだ。あんな数分ぽっちしか一緒にいなかったのに、アイツは俺の事を仲間だと信じてくれてたんだ。なのに俺はチラーミィを避けてた。自分から壁を作ってチラーミィを拒絶してたんだ。
 女の子から少し離れ、タマキは拳を強く握りしめるとアララギ博士を見つめた。
 
「俺、町の方へ探しに行きます」
 
「わかった。私はもう少し学校を探します!」
 
 アララギ博士にお辞儀をすると、タマキは教室を後にし、一目散に駈け出して行った。
 
 
 
 
======
 
 
 
 
後もう少しで夕方の5時になる。もうそろそろタマキもチェレン君やベルちゃんを連れて帰ってくる頃。タマキの母は、急いで3つのカップに紅茶を注ぐとリビングへと運んだ。リビングには、チェレンの母やベルの母が来てソファーでくつろいでいた。
チェレン母はお皿の上に出されていたクッキーを頬張り嬉しそうに微笑む。
 
「ベルママのクッキーはいつ食べてもおいしいわぁ」
 
「ありがとう! もっと食べてください」
 
そう言いガサガサと持ってきていたクッキーを可愛らしい包みから出していく。それを見ていたタマキ母も紅茶をテーブルに置き、クッキーへと手を伸ばした。3人がクッキーを手に持った時、チェレン母は笑顔のまま言う。
 
「ところでタマキママ。急にお話がしたいなんてどうしたの?」
 
「ごめんなさい…忙しかったでしょう」
 
「いいのよ! 家事なんて午前中に済ませちゃったわ!」
 
「夕食も作ってきたし」
 
ぎゃははと大笑いしながらチェレン母はクッキーをまた頬張っていた。おいしそうに食べる二人の顔を見てタマキ母は急に深刻な表情で紅茶の入ったカップを手にした。
 
「実は…私、タマキを旅に出そうと思ってるの」
 
 二人が驚いてクッキーや紅茶を気管に詰まらせてしまったのを見て、やはりとタマキは更にカップを強く握りしめた。むせながらもベル母は話し出す。
 
「た、タマキ君を旅に!? 急にまたどうして…!?」
 
「そんなことして大丈夫なの? タマキ君の発作はいつでるか分からないんでしょう?」
 
「いいえ。発作は刃物の付いた凶器を見たりした時だけ。他にもあるかもしれないけれど…」
 
「駄目よ! 旅に出たらいつ凶器を見てしまうか分からないのよ!?」
 
「タマキママ…! もう少し考えた方が」
 
「いいえ。もう考えたわ!」
 
 いつもは優しい口調のタマキ母がはっきりとした強い口調で言った。相当考えて出した答えだったのだろう。周りが静まる中、タマキ母は続ける。
 
「確かに怖い。あの子が苦しむのはもう見たくない。でも、いつまでもそれから避けた様な生活を送ってたらあの子のためにならない。私はちゃんとあの子に色々なものを見せてあげたいの! ちゃんとした世界を見て生きてほしいのよ」
 
「タマキママ…」
 
 話を聞いてチェレン母もベル母もしばらく何も話さず黙ると、ようやくチェレン母が口を開けた。
 
「私も…チェレンにはいろいろな物を見て学んで感じてほしい。あの子、チャンピオンになるって言って小さなときから勉強してるのよ。笑っちゃうわよね…籠を作ってるのは私なんだもの。そろそろ開けてあげないとね…」
 
 微笑するチェレン母を見てベル母も無邪気に微笑むと続ける。
 
「ベルにも旅っていいものかもしれない。あの子、こんな田舎の学校だけを世界だと思い込んでるの。才能があるのに、その中で駄目だしされてへこんじゃって…まだまだ自分にはそれを磨ける場所があるのに…それを知らないで生きてる」
 
 三人で互いを見つめあうとベル母は手を一度叩いてみせた。
 
「そうだ! 三人一緒に旅に出したらどうかしら?」
 
「そうよ! 一人よりみんなの方が安心だわ!」
 
「ふたりとも…」
 
 子供達の事と自分の息子のことを考えて決断した。本当にいい人達と出会えてよかった。タマキ母は涙ぐみながら心の中で何度もありがとうと呟いていた。それと同時に、ベルの父親が脳裏に浮かんでくる。
 
「ベルちゃんのお父さんにはどう説明をするの?」
 
「大丈夫! 私が何とか説明してみる。親馬鹿もここらで心機一転してもらわないとね」
 
 力瘤も無い細い腕を曲げてウィンクをするベル母に二人ともほっと息を吐いた。ベル母はテーブルに両手を置くとタマキ母に続ける。
 
「旅立ちの日はいつにします?」
 
「明後日…」
 
 え? と二人の頭上にハテナが浮かんでいるのが見えるような気がする。二人のぽかんとした表情を見てタマキ母は口元を緩めた。
 
「実はもうアララギ博士に頼んであるんです。最初は必ず三匹選ぶことになるでしょう? 三人まとめてやっちゃいましょう」
 
「……流石だわ、タマキママ」
 
 準備も頭の回転の速さにもいつも驚かされる。感服した様子のチェレン母やベル母に笑いかけるとタマキ母はようやく一口目の紅茶を口にした。
 
 
 
 
======
 
 
 
 
 カノコタウンの公園にはベルが一人ぽつんとベンチに座っていた。赤くなってきた空は誰かが泣いているようにも思える。それでも気にしまいとスケッチブックにデッサンを描いていた。大切な二人の顔。寝た顔や怠けた顔、格好良い顔に恥ずかしそうな顔。一緒に育ってきた二人を毎日のように描いているから何度でも思い出して二人を描くことが出来る。
 今日は迎えに来てくれるのかな?
 昨日みたいにまた、チェレンに言い寄られたタマキが恥ずかしそうに「チェレンが迎えに行こうって言ったんだろう」とか言って来るのかな。
 そんな光景を思い浮かべながらタマキとチェレンを描いていく。形を描き徐々に色を濃くしていく。ちょうど二人の形が出来上がり影を入れた時。ふわりと灰色の尻尾みたいなものが公園の草の中で揺れた。草の上をふわふわと浮かぶ尻尾は草から出て土を踏みしめる。そこには尻尾と同じ色をした可愛い小さなポケモンが立っていた。
 歩き疲れたと言わんばかりに溜息をつくポケモン。確か前にテレビでやっていた。チラーミィとかいうポケモンだ。
 
「みぃみ、ミぃ」
 
 ぼそぼそと何か話しながらチラーミィはベルを気にせずに空いている隣のベンチに座る。その仕草や表情を見ていたベルの顔は驚きと喜びで緩んでいた。デッサンしたスケッチブック片手にチラーミィに抱きつく。
 
「うわぁ! ふわふわで可愛い! 君、どこから来たの?」
 
「チラぁ!?」
 
 急に抱きつかれたチラーミィは瞳を見開きながらベルにされるがまま撫でまわされていた。疲れていたチラーミィはまた溜息を濡らす。ベルは両腕でチラーミィを抱きしめるため持っていたスケッチブックをベンチの上に置いた。
 
「ぢらぁ」
 
 少し苦しかったのかくぐもった声を出すチラーミィ。苦しそうに目を細めながら、ふと先程ベルの置いたスケッチブックへと目をやる。そこに描かれていたのは、背の高い少年とさっきまで一緒にいた気になる彼だった。しゅるるとベルの腕から抜けるとチラーミィはスケッチブックをまじまじと見つめる。
彼の恥ずかしがるあどけない表情。初めて自分が彼の襟を直してあげた時の顔と同じだった。ずっとスケッチブックを見つめるチラーミィにベルはまたそっと近づいて声をかける。
 
「これ気に入ったの?」
 
 声を掛けられて不思議そうにベルを見上げる。そんなチラーミィに笑いかけるとベルはスケッチブックを手に取り、今チラーミィが見ていたページを切り取った。
 
「はい! あげる」
 
「ミィ?!」
 
 本当に?! と驚いているように見える。差し出したページを壊れ物でも触るようにチラーミィは慎重に持つ。そして、またじっとそのページを見つめていた。気になったベルはそんな姿のチラーミィを見続ける。見ていればチェレンには失礼だけど、じっとチラーミィが見ているのはタマキの様な気がした。
 
「タマキを知ってるの?」
 
 たまき。タマキ。チラーミィは何度か言葉にならない鳴き声でその単語を繰り返していた。頭の中でぼーっと考えているチラーミィにベルは頭を傾げる。違ったのだろうか。そう思っていると突然チラーミィはページをこちらに向けてタマキを指差した。
 やっぱりタマキだったんだ。ベルが思う中、チラーミィは必死になってまた話し出す。
 
「ミ! ミミィ! ちらぁー! チラチぃ」
 
 何を言っているのかはさっぱり分からないけど、きっとタマキを探してここまで来たんだろう。ベルはにっこり笑むとチラーミィを脇を抱えてベンチに座りなおした。
 
「そっかぁ! ここにいたら会えるよ。きっともうすぐ迎えに来てくれるから」
 
 話を聞いたチラーミィは嬉しそうに尻尾を揺らす。やわらかいチラーミィを抱きかかえてベルは公園の入り口を見つめた。そろそろ迎えに来てもいい頃なのに…今日は迎えに来ないのかな。
 それならチラーミィに嘘を言ってしまったことになる。ベルは色々な事を頭に廻らせながらじっとチラーミィと一緒にベンチに座って待っていた。
 すると遠くから人が見えてきた。タマキではない。茶髪ではなく人工的に色を加えた金色の髪。出で立ちの悪そうな顔には見覚えがあった。小さな頃、ここに越してきてからずっとタマキに悪さをしてきたキョウジだ。右頬が赤くなっている。誰かと喧嘩でもしたんだろうか。
 このまま私がここでタマキとチェレンを待ってたらこの人と合わせちゃうことになる。ベルはスケッチブックと鉛筆を黄緑色の鞄に急いでしまいこむとチラーミィを抱えてベンチを立った。しばらくするとキョウジが公園へと入ってくる。喧嘩負けでもしたのか分が悪そうに歯を食いしばっている。
 何もなかったように彼の横を通ればいい。早くタマキの所に私が行かないと。
 思いながら早足で公園を立ち去ろうとするベルだったが、キョウジはその腕に抱えていたチラーミィの存在を見逃さなかった。がっしりベルの細い肩を掴むとチラーミィを覗きこむ。
 
「お、さっきの奴じゃねぇか。ってーことはタマちゃんもどっかに潜んでるのかな?」
 
 ベルの顔に冷汗が浮かぶ。そうか、チラーミィとタマキが会ってるところをこいつは見てたんだ。チラーミィもキョウジを見るなり体を震わせている。嫌な事をされたんだろう。ベルは片手でチラーミィを庇いながらキョウジの腕から逃れようともがいた。しかし、無駄に時間を浪費しただけで捕まれている手から逃れる事すらできなかった。
 しばらくすると、キョウジは厭らしく笑みチラーミィを顔からがっしり掴み上げた。するりと腕の中から消えていったチラーミィを追うようにベルはキョウジに手を伸ばす。すると、勢いよく腹を蹴られた。ベルはがっくりその場に座り込み咳き込みながらキョウジを見上げる。
 キョウジから逃れようと必死でもがくチラーミィ。そんなチラーミィを忌々しそうに睨むとキョウジは更にチラーミィの顔を強く握りしめた。あんなに閉められたら息が出来なくて死んでしまう。
 
「やめて! やめてよぉ!」
 
 ベルの制止も聞かずにキョウジはぎりぎりとチラーミィを苦しめていく。瞬間、がくりとチラーミィの動きが止まった。
 
「あ? 死んじまったか…」
 
 キョウジは面白みのかけた様な顔でチラーミィを地面に落とした。力無く横たわるチラーミィをベルは直ぐに抱き寄せる。苦しそうだが呼吸はしている。死んではいない。
 
「おめぇタマちゃんのダチだったよな? どこにいんの?」
 
 急に声をかけたてた。タマキは今学校にいる。けど…それをこの人に伝えてしまえばタマキはまた傷つくことになる。ベルはごくりと唾を飲み込みチラーミィを胸の近くまで抱き寄せた。震えを押さえて真剣にキョウジを見上げる。
 
「た、タマキはいないよ。きっともう家にいるんじゃないかな」
 
 しばらくじっとキョウジとベルは真剣に見合った。怖い。次に何をしてくるか分からない。凄くボコボコに殴られてしまうかもしれない。でも右手とチラーミィが無事ならそれでも…
 
「嘘乙」
 
 キョウジの低い声と共に背中を思い切り蹴られた。でも、それ以上は殴ってこなかった。諦めて帰ってくれるのかな。ベルがそう思っているとまた抱きしめていたチラーミィにキョウジの手がかかる。
 
「タマちゃんがどこにいるか分からねぇんだったら、そのポケモン使って呼ぶだけだ。とっととよこせ!」
 
 チラーミィの耳を掴んで痛いくらい引っ張ってくる。痛そうに呻くチラーミィを奪われないよう震えた声でベルは叫んだ。
 
「いやッ! いやだッ!」
 
「うるせぇな、喚くなガキがッ!」
 
 キョウジの怒鳴り声と共に大きく筋肉質な彼の右腕がベルを襲った。痛みを感じたのか、そのまま愕然とチラーミィを抱いたままくらりと倒れた。徐々に湧き上がってくる痛み。頭を殴られたみたいだ。キョウジは、倒れ込んだベルを追いこむように何度も腹に蹴りを入れてきた。
 どうしよう。このままじゃあ、タマキがコイツに見つかっちゃう。今日は帰りが遅くて、もう家に帰ってるんだよね。そうであってほしい。来ないで、タマキ。絶対に来ないで。
 ぎゅっと目を瞑り痛みをやり過ごす。でも、やっぱり…私がやったことは全部裏目にでちゃうみたい。
 突然、地面を駆けてくる音が聞こえてきた。ずっと走り続けていたんだろう、彼は、タマキは荒い息を上げながらキョウジの頬に小さな拳を振りかざした。小さいからといって決して弱いわけではない。打った直後に拳を捻じ曲げる運動。どんな相手もひれ伏すその打ち方は、昔、タマキが自分や友達を護るために磨いた武器だった。
 タマキの二倍以上はあるキョウジの体は顔面を前のめりにして地面へバタリと倒れた。残念ながら未だ血の気の去らない瞳を見れば、まだ気を失っていないことが確認できる。でも、立ち上がるのには時間が掛かるはずだ。
 キョウジの様子を伺いながらも、タマキは倒れるベルの元へ駆け寄る。
 
「怪我してる。立てるか?」
 
「タマキ…!」
 
 じんわり目尻に涙が浮かぶのが解った。タマキはそれを見て優しく微笑むとベルの頭を撫でる。来てほしくなかった。でも、やはり心の中では助けてほしいと何度も願っていた。緊張の糸が解けたベルはわんわん泣き始める。その腕の中に抱えられているチラーミィも痛みに耐えながら重い瞼を開くとタマキの姿を見てにっこり嬉しそうに微笑んでいた。
 タマキはベルを立たせると横たわるキョウジの怒りに油を注がぬようゆっくり話しはじめた。
 
「もうやめろよ、先輩。こんなことしても強くなんてなれないぞ!?」
 
「ああ、そうだ! 強くなれない!! お前がいる限りは…」
 
 頭を支えながらキョウジはゆらりと立ち上がりそう言った。自分がやってきただらしない生活。自分を甘えさせてきたことを俺になすりつけているのか。タマキは今にも大きな溜息をつきそうになったが、堪えてキョウジを黙って見続けた。キョウジは続ける。
 
「お前はいつも俺の周りをうろちょろしてた! 強がって何も知らないちいせぇ野郎なのにッ」
 
 そう言い突然、タマキの足元を狙って足払いをしてくる。ヒュっと風の切る音を聞く前に大きく跳ねるとそのままキョウジの顔面目掛けて蹴りをかました。しかし、やはり2年前とは違うようでキョウジは意図も簡単にタマキの細い足を受け止めた。空中に浮いている時間を削減しようと蹴りを入れたのに、それを交わされまた大きな間が出来てしまった。
 対応しきれなかったタマキは、自分が思っていた通りキョウジの振るう大きな拳を顔に食らった。ベルの制止の声が聞こえる。でもそれに反応なんてしている時間なんてない。
ぐらりと倒れてはやられてしまう。それでも言う事を聞かない体は地面へと倒れていく。タマキは、そうはさせまいと素早く地面に両手を付けると空高くキョウジ目掛けて蹴りを入れた。今度の攻撃はキョウジも予測できなかったらしくちょうど腹に当たる。
 
「くそがあああッ!」
 
ひるまなかった。体が強張るほどキョウジの大きな声が上がる。魔物みたいに瞳をぎらつかせキョウジはタマキの顎にアッパーを食らわせた。凄い衝撃に今度ばかりは何もできず、タマキは背中から地面に倒れてしまう。
キョウジの力は圧倒的に強かった。されるがまま両腕を大きな片手で捕まれ身動きが取れなくなる。余った片手でキョウジは隠し持っていたダガーナイフを取り出すとタマキの細い首筋に宛がった。
 
「殺してやるよ」
 
 銀貨みたいに光る刃。どんな暗闇も光も真っ赤に染め上げる刃。ダガーナイフを見たタマキはその裏で不気味に笑むキョウジの顔さえ目に入らなくなってしまった。ギラギラ睨んでくる。首筋に当たる冷たい温度。
 両目が熱くなる。涙は出てはこない。ただ熱くなってくる。段々視界が暗くなって…抉れるほど関節が痛くなってくる。本当に、そのナイフで体を抉られてるみたいに。
 
「う…あ」
 
 体が震える。怖い。痛い。痛いよ。苦しい。
 刃物を見たタマキはがくがくと震えだす。次第に呼吸がはやくなってきた。そんなタマキを見てキョウジは不敵に笑んでいた。まだ見せ付けただけ。首に宛がってみただけなのにさっきまでの威勢はどこへ行ったんだ。ここにいるのは俺よりも弱い。世間の事も何も知らない。ただの子供(ガキ)だ。
 
「ダンゴロ、たいあたり!」
 
 聞き覚えのある声と共に首筋に宛がわれていたダガーナイフとキョウジが宙に舞う。大きな石ころのようなポケモン、ダンゴロは倒れて目を回すキョウジに少し唸っていた。そして、ダンゴロはタマキを見て嬉しそうに地団駄を踏み近づこうとする。が、その目の前にチェレンはやってくると真剣な表情で首を横に振る。
 ダンゴロはチェレンを見上げて一声鳴くと悲しそうに俯いた。
 
「戻れ、ダンゴロ」
 
 チェレンの出したモンスターボールの中に石ころみたいなポケモンが消えていく。そうか。チェレン、もうポケモン連れてたんだな。俺が苦手なの知ってて黙っててくれてたんだ。止まらない震えを押さえ思うタマキの近くにベルとチェレンはすぐに駆け寄る。
 
「タマキ! もう大丈夫だよ! もう何もないから…!」
 
「こら、ベル! 泣いたら駄目! ビニール袋は?」
 
「そんなの持ってないよぉ」
 
 二人のやり取りが聞きこえる。チェレンは、タマキの体を少し起こすと背中を撫でてあげた。でも、震えも過呼吸も収まらない。目を伏せて何かに耐えてるタマキの姿を見ていたら、本当に何もできない自分が嫌になった。
 チェレンは、ベルにタマキの体をたくすとすくりとその場を立つ。町医者なんてカノコタウンにはいない。タマキの母親に薬を貰いに行くしかない。その場をすぐに去ろうとしたチェレンに、タマキは気が付いたのか弱々しくチェレンの上着の袖を握りしめ、そして虚ろな瞳で見上げてくる。
 
「か、あさ…行っ…な…ッ! 今日…は、だい…なッ日……だかッ」
 
 笑ってる力なんてもうないだろう。行かせまいと握りしめてくる手なんてただ触れてるだけに等しかった。こんな弱ってる相手を殴ることはできない。でも、やっぱりさっき話したこと、理解してないみたいだから言う。
 チェレンは自分の袖を掴むタマキの手を力いっぱい握りしめると真剣な表情で続けた。今迄にだって見たことない、チェレンの怒った顔。
 
「他人が笑っていればそれでいいのか!? 自分は苦しい思いをしていても、どんな相手だろうと笑っていてくれればそれでいいのか!? そんなのタマキが良くても僕は許せない! それでもタマキがそういう方がいいなら…それなら! 僕がタマキを救う!!」
 
 ちゃんと聞こえたのか分からない。タマキは真っ青な顔をしてチェレンを見ていた。チェレンは握っていたタマキの手を離すとベルに続ける。
 
「タマキの母さん呼んでくる! それまで一緒にいてあげて」
 
「うん。タマキ、大丈夫! 大丈夫だからッ!」
 
 声をかけるベルにも笑って見せてる。心配かけさせないように、だって。過呼吸で顔も真っ青。体の震えが収まらない奴見て心配しない奴がいるのか。
 
「みぃ!」
 
 急にベルの首筋からみょこっとチラーミィが顔を出した。タマキを心配そうに見つめている。見覚えのあるチラーミィだ。それより、発作が起こってるんだ。タマキの傍にこれ以上発作に関わるものは置いておけない。
 チェレンはベルの首筋からチラーミィを引きはがすと、そのまま片手で抱きかかえながら走り出した。公園を抜けて急いでタマキの家へと向かう。暴れるチラーミィの頭をぽんっと撫でチェレンは言う。
 
「君は僕と一緒に行くよ」
 
「みぅぃ!? みぃーっ! みっ」
 
 聞いて大きな耳を揺らしながらまた腕の中を必死でもがく。チェレンはにこっと微笑んだ。
 
「タマキはベルが見てるから大丈夫! ほら、行くよ」
 
 聞いていたチラーミィはじっとチェレンを見つめ、ぴくりと耳を動かすとそれ以上暴れることはなくなった。
 
 
 
 
===
 
 
 
 
 真っ白なベッド。一つの部屋にベッドが四つ。小さな頃から何度も見た病室の光景だ。病院には週に3日。水曜、木曜、金曜日だけにヒウンシティから医者が訪れる。
 その医者には、一度、ソウリュウシティへ引っ越して治療を受けた方がいいとも言われたのを思い出す。その方が、周りの人に迷惑をかけなくてすむのだろうか。悲しそうなベルやチェレンの顔も、母さんの顔も見なくて済むんだろうか。いや、また向うで出来た仲間に迷惑をかけてしまうだけ…か。
 
「迷惑かけてばっかだ」
 
 ぽつりと独り言のようにそう言う。同じ部屋になった人達はくっちゃべっていて聞こえなかっただろう。しかし、隣にいた母さんには聞こえてしまったかもしれない。ついつい出てしまった本音にタマキは母から顔を逸らした。
 後から母さんの優しいトーンの声が聞こえてくる。
 
「ねえ…タマキ? 明日お話ししたいことがあるの」
 
「…今じゃ駄目?」
 
「今はまだタマキ、辛いでしょう?」
 
 言われてタマキは布団を顔までかける。苦虫をつぶしたような顔でもしてたんだろうか。顔を見て話さないのは失礼だけど、声だけでも明るくすればなんとかなる。無理矢理声のトーンを上げ優しい口調でタマキは続ける。
 
「ベルとポケモンは無事?」
 
「ええ、アララギ博士がちゃんと見てくれたわ」
 
 聞いてほっとする。さっきなんて自分のことを考えていたのに、今は何も気にならない。駆けつけた時、ベルもチラーミィもぼろぼろだった。もう少し遅かったら大怪我をしていたかもしれない。
 なんだかんだ、自分が飛び出して行ったまではいいけど、結局、チェレンが助けてくれた。チェレンと見たことも無いポケモンが…。
 しばらく沈黙が続くとタマキは重々しく口を開く。
 
「チェレン…ポケモンを連れてた。俺のせいで夢とか諦めちゃったらどうしようって思ってたんだ。よかった…」
 
 布団の中で丸くなる息子を見て母は眉をしかめた。
 
「タマキ。本当は自分のやりたいことが分からなくて苦しいんじゃないの? みんなには夢があって、それを追うのに輝いているけど…自分はそんなみんなみたいになれないって、置いて行かれるってそう思ってるんじゃないの…?」
 
 ふいに言われた母の言葉にすでに心の中を見透かされてると分かった。そうしたら、溜めていたものが雪崩みたいに押し寄せてくる。
 
「そうだよッ! 自分のやりたいことなんてないから…ッ」
 
 やめろ。何言ってんだ、俺…。
 
「それでもみんなの邪魔になるようなことしたくないッ! みんなが幸せになれること考えて、普通に働いて生活していけばってッ…でもッ、だけどッ」
 
自分はそれで本当に笑ってられるのだろうか。最後の言葉だけ喉が詰まったように出なかった。俺がそんなこと言える立場じゃないのに。
 父さんが出稼ぎに行っているのも、家計が苦しいとかそんなものじゃない。自分の治療費を稼ぐためだ。こんな意味の解らない病気にかかっているから。どんなに偉い医者に見せても駄目だった。そして、診断を受けて病名の出ないとき、母さんはリ
ビングで声を噛み殺して泣いていた。
 全部俺のせいなんだ。それなのに、俺を普通の子みたいに見てくれる。母さんは毎日きにかけてくれるんだ。今みたいに。
 
「それじゃあ、タマキ。旅してみない?」
 
「たび…?」
 
「そう! 同じところにずっといても病気なんて治らないし」
 
 体を少し起こしてぽかんとした表情のタマキに母は人差し指を立ててつづける。
 
「イッシュ地方を旅する! あなたまだ若いんだからそんなに根気詰めないで…少し世界を見てきなさい。どれだけ長くなったっていい。本当に自分がしたいこと…見つけてきなさい」
 
 優しく言った母の言葉がタマキの中でずっと響いていた。カノコタウンを出て旅をする。一人で誰にも迷惑をかけずに旅をする。それもいいのかもしれない。
 黙り込んでしまったタマキに母も返答を急ぐように言うことはなかった。
静かになったタマキの周りに今まで聞こえなかった同じ病室の人々の声が聞こえてくる。30代くらいの男が二人。一人は話し疲れたのかリモコンを片手にテレビをつける。夜8時の今は、バラエティー番組がやっているだろう。番組の中でアナウンサーが司会を進めていると突然画面が切り替わる。
 
「お? 急に速報かよ…」
 
「アミちゃんのイリュージョンは!?」
 
 げんなりとする男の片割れを傍にテレビの中では一人立つアナウンサーが話をはじめた。
 
『夕方、ライモンシティの遊園地で刃物を持った男が現れ、女性2名男性3名を切りつける事件が起こりました。負傷した5名に命の別状はありませんでしたが…』
 
 刃物。負傷。どくりと心臓が脈打つ。体中から冷汗が滲むのが分かった。今日何処かで起こった出来事をテレビの中で話す。タマキには全く信じることが出来なかった。しかし、目の前の画面には血痕が数か所染みたコンクリートが映される。
 本当に起こったんだ。今日何処かで刃物を持った男が人を切りつけた。
 
「世の中も物騒になったもんだぜぇ」
 
「まったくだ」
 
 男たちの怒りを含めた声が耳に入ってくる。テレビからの情報を得てるんだ。テレビでやっていたからと言って信じていいのかも疑問だけど…。そうか。これが皆の言ってたワイダショーなのかもしれない。
 
『男はホドモエシティとライモンシティのストリートで捕まりました。実際に使われた刃物は…』
 
 テレビのアナウンサーが話をするのに聞き入ってしまう。嬉しさと体の不調が同時に襲い掛かって来る。テレビを見つめるタマキはいつの間にか顔が真っ青になっていた。気が付いた母は、タマキをすぐに横に寝かせ手で目を伏せさせた。暗くなる視界で母の冷静な声が聞こえてくる。
 
「すいません、テレビを消してください」
 
「え? どして?」
 
「はやくッ!」
 
 一喝、怒鳴り声が響く。ガタガタと物にぶつかりながら男たちがテレビの電源をコンセントから切ると、そっと母はタマキの目を覆うのを止めた。いつもそんなに声を張り上げなくてもいいのに、と思う。
 ひとつ小さな溜め息をつくと、タマキはベッドから起き上がり男たちに頭を下げた。
 
「大丈夫です。ごめんなさい」
 
「は、はぁ…」
 
 何故急に怒鳴られたのか分からない男たちは渋々軽く頭を下げる。ベッドから立ち上がったタマキに寄り添うように母は傍にやってきた。
 
「顔色が悪いわ! 呼吸は? 苦しくない?」
 
 心配そうに頬に手を添えてくる。相当、今の自分は顔色がヤバいみたいだ。いや、身体も凄く辛いのは確かだけど。でももう無理だ。元気に振る舞える力が残ってない。
 酷いことだと知りながらも、タマキは今ある力を絞り出して母の背中を押して病室を出た。優しく扉を閉めると母の背中をポンと叩く。
 
「もう大丈夫だから…母さん帰っていいよ。家帰ってゆっくり休んで。俺…もう少ししたら寝るから」
 
「本当に大丈夫? ちゃんと休んでよ?」
 
「うん。大丈夫」
 
 母の心配そうな顔が少しでも和らいだ。それを見ると、最後まで少しでも自分も笑顔でいようと思えた。頭がガンガンするけど笑んでみる。あ、そうだ。さっきの人達には悪いことしちゃったし、もう少し経ってから病室に入る事にしよう。母さんが帰った後なら病室前の長椅子で横になっていても大丈夫そうだし。
 最後に母は、タマキの頬に軽くキスをすると微笑みながら手を振った。
 
「おやすみ、タマキ!」
 
「おやすみ…」
 
 同じように笑顔で手を振る。長い廊下を渡って小さくなる母の背中。階段を下がっていくのを見てようやくパタリと長椅子に体を倒した。ヤバい。死にそうなくらい頭が痛い。体の関節もぎしぎし唸る。ギっと歯を食いしばり何度も深呼吸を繰り返し、そのうちに俺は寝てしまっていた。
 警備員以外誰もいない病院で病人が長椅子で寝ていても注意する人はだれ一人いなかった。
 
 イッシュ地方を旅する。
 発作になった日は必ず同じ夢を見ていた。自分の体が炎で焼かれる夢。
 
 だけど、今日は違ったんだ。
 
 緑色の葉っぱみたいなしっぽを揺らしながら蛇みたいな生き物がこっちに歩いてくる。顔はぼやけていてよく分からなかったけど、そいつは確かに俺を見て言ってた。
 
 
『ムカエニキタヨ。』


 4話に続く…

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代珠
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自己紹介:
▼代珠(よず)
October 10
  学生
出身:シンオウ地方 コトブキシティ

ゲームや漫画好き。物語の構想を練るのが好物。←または捻る。←の作業時はとにかく変人になる。アップルティーが好きでチーズが嫌い。自分でよーさんとニックネームを付けている、なんか寂しい人。


▼スタ
September 20
  学生
出身:シンオウ地方 ハクタイシティ

 いつも物語の感想や間違えを指摘してくれる、代珠の心強いお友達。ホムペ等を作ってくださっています。好きなものはお猿。トラウマは、多分ゴリチュウです。
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